米子八幡神社 
創建 伝養老4(720)年



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 春の例大祭 七十五膳の神事 

     4月12日(日)1年

     一年の豊作を祈願する

陽光(桜)


ひな祭 3月3日(火)



節分祭 2月3日(月)

@DIME

節分には家庭や寺社、福祉施設などで「鬼は外、福は内」と唱えながら、豆まきをして厄除けをし、皆の健康と幸せを願います。春夏秋冬の区切り=節目の日で、立春の前日の日の総称です。季節の変わり目には、邪気が生じると感がられており、節分には災難を追い払う「追儺(ついな)」が行われました。本来、節分は、4回ありますが、今ではこの日が節分と言われて、厄払いの日になっています。立春は春の始まり、一年の始まりと言われていました。その前日、年越しの日が節分となっています。


謹賀新年


歳旦祭・元旦祭  1月1日(祝 火)

除夜の音を聞いて年改まってすぐに、神社に参り、初日の出を拝みます。年改まったばかりの

この時間帯は歳旦祭としてお祝いをします。

新たな年の始めを、希望と願いを持って神社に参拝し、それらが成就するよう祈願します。

参拝の人々同士も、新年の祝賀を交換します。

1月1日の早朝からは、良い年であるよう元旦祭を祝い祈願します。神社でも、家庭でも神の社として、心願成就、無病息災、五臓安寧、業病退散、延命長寿、災禍消除、家門繁栄、良縁・安産、進学・就職希望実現、交通安全、五穀豊穣など、それぞれの年頭の願いごとなどを祈ります。

 

除夜祭 12月31日(月)

一年の締めくくりの祭りで神社に参拝して、年越しを祝います。大晦日には、縁起ものの蕎麦(そば)を食べて、新しい年を迎える習慣が、我が国ではあります。蕎麦の実は、邪気を祓(はら)う三角形なので、旧年の災厄を切るという意味があります。

八幡神社創建由緒と遷宮の歴史

伝 養老4(720)年創建

米子八幡神社の創建と歴史については、本頁末尾「創立と由緒」「米子八幡神社の唐櫃」に関する鳥取県公文書館資料と郷土研究資料でも、ご覧いただけます。

映像で知る米子八幡神社

「人々が大山を望む日野川のほとりに、八幡神社はある。いにしえの人々は、山や自然を敬い

畏れてきた・・・・・・」     中海TVの本池美香アナウンサーが内藤和比古宮司と語る

秋の祭り・行事


申し上げ当屋祭りの講11月23日)

新嘗祭・新穀感謝祭


例大祭(秋祭り)(9月15日)


秋祭りは、稲作の終わりに際して神の恩愛に感謝する催しです。春に祈った祭りに対応して、実りの秋を感謝します。当社にとっても、地域共同体にとっても大切なお祭りとして続けられてきました。

浦安の舞 奉納


□摂社・末社の秋祭り日程□

10月 8日 伯耆町小野・小野神社

10月 8日 伯耆町押口・押口神社

10月 9日 伯耆町坂長・賀茂神社

10月11日 伯耆町立岩・生石子神社

10月11日 伯耆町殿河内・岡崎熱田神社

10月12日 伯耆町小町・小町神社
10月13日 伯耆町吉長・日御碕神社

10月21日 南部町鶴田・鶴田神社

10月28日 伯耆町長者原・北峯神社

10月29日 伯耆町遠藤・中川神社


夏の祭・行事

米子八幡神社古式   人形流し輪くぐり祭

7月31日(水)夜

・7月08日(月) 摂社坂中賀茂祭麦祭

・7月10日(水) 摂社中川神社夏祭

・7月11日(水) 摂社生石子祭

・7月12日(金) 摂社吉長日御碕祭

・7月14日(日) 摂社小野祭

・7月15日(月) 摂社鶴田祭

・7月15日(月)夜 摂社小町祭

・7月17日(水)夜 末社秋葉祭

・7月19日(金) 摂社岡崎熱田祭

・7月20日(土) 摂社押口祭

・7月28日(日) 末社荒神祭

・7月31日(水) 米子八幡神社古式人形流し輪くぐり祭

・8月31日(土) 末社武内祭


総代会 6月23日(日)


節句祭・端午の節句

2019年5月5日  日曜日

子どもの日

 

 

節句祭、端午の節句ともいう。男の子の節句。菖蒲湯を沸かし、屋根に投げ上げ、災いを祓うという風習が残っていることから、菖蒲の節句ともいう。端午とは、最初の午(うま)の日のことです。この日は、家族皆さんで、神社にお参りし、子どもの成長をお願いする大切な春の祝日です。

 

 銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝 子にしかめやも(山上憶良 万葉集803)

春の例大祭 4月14日(日)

講演:棟梁が読み解く八幡神社蟇股に見る先人の「技と心」

安来市 後藤屋 後藤史樹氏

行事予定・お知らせ




春の例大祭・七十五膳の神事 2019年4月14日(日)

としごいの祭りともいわれ、一年の収穫の豊かなることを神々に祈る。七十五膳の神事がある。

当社では、毎年、講演会や学術発表、文化行事などが行われる。

 


節分祭 2019年2月3日(日)

節分には、家庭や寺社で「鬼は外、福は内」と唱えながら豆まきをして厄除けをし、みなの幸せを願います。春夏秋冬の区切り=節目の日で、立春等の前日の日の総称です。古来、季節の変わり目には、邪気が生じると考えられており、節分には災難を追い払う「追儺(ついな)」が行われました。本来節分は4回ありますが、今では、この日が節分と言われて厄払いの日になっています。神社などでの厄払いもよく行われます。

節分には、家庭や寺社で「鬼は外、福は内」と唱えながら豆まきをして厄除けをし、みなの幸せを願います。春夏秋冬の区切り=節目の日で、立春等の前日の日の総称です。古来、季節の変わり目には、邪気が生じると考えられており、節分には災難を追い払う「追儺(ついな)」が行われました。本来節分は4回ありますが、今では、この日が節分と言われて厄払いの日になっています。神社などでの厄払いもよく行われます。


元旦祭  1月1日(祝 火)

除夜の音を聞いて年改まってすぐに、神社に参り、初日の出を拝みます。

新たな年の始めを、希望と願いを持って神社に参拝し、それらが成就するよう祈願します。

参拝の人々同士も、新年の祝賀を交換します。

 


除夜祭 12月31日(月)

一年の締めくくりの祭りで神社に参拝して、年越しを祝います。大晦日には、縁起ものの蕎麦(そば)を食べて、新しい年を迎える習慣が、我が国ではあります。蕎麦の実は、邪気を祓(はら)う三角形なので、旧年の災厄を切るという意味があります。


申し上げ当屋祭りの講(新嘗祭) 11月23日(祝)

 新穀感謝祭 荒神祭


例大祭(秋祭り) 9月15日(土)

秋祭りは、稲作の終わりに際して神の恩恵に感謝する催しです。春に祈った祭りに対応して、実りの秋を感謝します。

当社にとっても、地域共同体にとっても大切な祭りとして続けられてきました

浦安の舞を奉納します。


創立と由緒

社伝・古文書によると、八幡神社の創立は養老4(720)年である。研究者や史誌によっても、「創立は少なくとも平安時代後期まで遡る。」といわれている。平安後期とされる神功皇后像などの神像群が発見されていることなどから、当時、このような神像を制作ないし奉納を受ける大社は、それなりの格式と伝統を持っていると推認できることから、奈良時代・養老4年創立とそれ以前の土地の神々への信仰の存在とゆかりは、八幡神社前史として、ほぼ間違いないものと考えられる

天智・天武天皇~聖武天皇の時代持統・元明・元正天皇 (女帝時代)=歴史人2012・11月号

 

米子八幡神社の創立沿革

 

聖徳太子が四天王寺を建立する際に百済から呼び寄せた工匠金剛重光を始祖とする宮大工集団企業・金剛組作成・作図による米子八幡神社の本社殿・拝殿調査報告書(平成23年2月17日)は当社について、2.創立沿革で以下のように記している。

金剛組

 

「社伝に拠れば元正天皇の御宇、養老4年(720)9月の創立にして、その後の後鳥羽院の御宇、源頼朝の再建と伝える。古来より地方の大社として、朝廷や武門武将から信仰は特に厚かった。

 

元弘3年(1333)、後醍醐天皇が船上山に潜行の際は、名和長年一族と共に後醍醐天皇を奉じ,当社神主の巨勢宗國が参加し、忠誠を尽くし綸旨(りんじ)を賜った。(中略) (注)名和長年一族

 

また「江戸時代には、京都吉田神道の組織下でこの地域の総とりまとめとしての役割を担っていた。」


米子八幡神社と唐櫃

八幡様と銘―紀朝臣河岡城守久貞公(ここから見る!)

               歴史探訪解説

                   米子市八幡神社の唐櫃

       鳥取県 公文書館 第62回県史だより(←見る)

 

西伯耆の戦国武将と神社―米子市八幡神社の唐櫃をめぐって―平成235

 

 


アクセス

米子八幡神社

〒689-3535

鳥取県米子市東八幡276

TEL/FAX : 0859-27-0339

  • 自動車・観光バス・JR~JR米子駅より車で約15分、山陰道「日野川東」出口より約5分、JR山陰本線伯耆大山駅から車で約10分
  • 日本交通バス~JR米子駅前バス停にて、水浜・遠藤線に乗車し約40分、バス停:東八幡で下車して、目の前が米子八幡神社
  • 八幡神社は、一級河川である日野川の土手沿いにあり、ここからの大山の眺望は格別。八幡橋(やわたばし)が目安になります。