米子八幡神社 
創建 伝養老4(720)年



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 節句祭  菖蒲の節句

     5月5日(水・祝日) 

 

男の子の節句。菖蒲湯を沸かし、屋根に菖蒲の葉を投げ上げて、災いを祓います。

 令和3年度 子どもたちへの新型・変異型コロナウィルス罹患回避、お子の健やかな成長と長命を願い、ご家族で参りご祈念致しましょう。

歌人 山上憶良 筑前国守時代、視察の途中に作ったものである。万葉集から引用。

 

―子等を思ふ歌一首、また序

  瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ

  いづくより 来りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとなかかりて

  安眠(やすい)し寝(な)さぬ(802)

 

反歌

  銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も何せむに まされる宝 子にしかめやも(803)

 

旅先で瓜を出されて食べていると、赴任前に都においてきた子どもの顔が思い出される。次に栗を出されて食うと、いっそう子どもの顔が思い出される。子どもとはどんな宝物にもまさる賜物なのだろう。

 

「その顔がまぶたのうちに焼きついて、寝ることもできない。」と憶良は言う。

 

実に慈愛に満ちた、父親の情愛ではないか? この情愛が日本の文学史上、初めてこうして文字に表現されて残り、その価値と感情表出は今もなお、比類を見ない。

 

新型コロナウイルスの蔓延する中で親子、わけても父親と嬉しそうに連れだっている子どもの姿をよく見るのは微笑ましい。

 

米子八幡大神様の御力のご守護を願ってやまない。


 春の例大祭 七十五膳の神事 

  4月11日(日)14時~斎行

     一年の豊作を祈願する

 新型コロナウィルス収束(終息)祈願・災禍消除

 

 例年、春祭り、としごいの祭り、七十五膳の神事として1年の豊作を祈念して、米子八幡神社の歴史や文化遺産、建築意匠に係る講演会などの行事を催行して参りました。

 

 

 

八幡神社大神様の神徳に感謝し、地域の人々の厄除け開運、新年の豊作と繁栄、家内安全・心願成就、交通安全・病気平癒・商売繁盛・事業発展などを祈念する大切な例大祭です。

 

 

 

 令和2年度1月来、猛威を振るう新型コロナ・ウィルスの影響もあり、例年の講演行事が中止され、人々の密閉・密集・密接などが自粛されていますが、4月11日当社では、一年の豊作祈願とあわせ、宮司による新型コロナ・ウィルスの収束(終息)を祈願する祈祷が行われます。

 

それぞれ感染防止の備えをして、お参りください。

 

 

 

  全人類の危機、全世界の未曾有の危機と言われています。八幡大神様のご加護を賜りますよう、それぞれでご祈念致しましょう。

 

 年々歳々 花相似たり、 

 歳々年々人同じからず


桃の節句、おひな様を出して飾る習わし

ひな祭 3月3日(水)

女の子の節句、おひな様を出して飾る風習があります。上巳(じょうし)は旧暦3月3日の節句で、桃の花が咲く季節であることから桃の節句とも呼ばれました。上巳(じょうし)は、3月の最初の巳(み)の日です。古代中国には、この日に川で身を清め、浮上を祓う風習がありました。3が重なることから、重三(ちょうさん)とも言われました。日本では、王朝時代からこれらの行事が取り入れられるようになりました。紙で小さな人形・形代(かたしろ)を作り、そこに汚れをうつし、川や海に流して、お祓いをするようになりました。現在でも、「流し雛」の風習に、名残が見られます。


例年より1日早い節分~124年ぶりの節分の日

節分祭 2月2日(火)

今年の節分は、2月2日になります。例年より1日早い節分は、1897年以来124年ぶりのことです。節分とは、もともと季節を分ける日という意味ですから、本来は立春、立夏、立秋、立冬の前の日を指しています。季節の変わり目には、邪気が生じると考ええられており、節分には、災難=鬼を追い払う儀式が行われます。家庭や会社、事業所で、「鬼は外、福は内」を唱えて、豆をまくのはその典型です。古くは追難(ついな)という儀式が行われました。

今年は、悪疫退散、新型コロナウイルスの終息が、全世界・全国民の願いです。


とんど祭 1月10日(日)

この日は、1月1日の大正月にたいして小正月とも言います。小正月の朝に小豆粥を食べると、一年間無病息災で過ごせるといわれています。正月飾りを焼き、風邪などひかず、健康に生活できるよう祈ります。今年はとりわけ新型コロナウイルスが蔓延しています。悪疫退散もご祈念しましょう。地域によっては、どんと祭ともいわれ、7日から15日までに行われます。。


新しき年の初めの初春の

今日降る雪のいやしけ吉事

         万葉集 大伴家持


古来、新年に降る雪は、縁起が良いとされていました。縁起が良い雪と同じように、吉事(よごと)、良いことが、新しい年にたくさんふりかかってきますようにという願いが、この歌にはこめられています。


令和3年1月1日

元旦祭

明けましておめでとうございます。時節柄、初詣等はお早めの参拝をお願いします。

○日本の人々は、除夜の音を聞き、年改まってすぐに神社に参り、そして初日の出を拝みます。

 

○新たな年の初めを、それぞれが希望や願いをもって神社に参拝し、祈念・祈願します。近隣住民が、新年の祝賀を交換する場でもあります。

 

○新型コロナウイルス感染拡大のなかで、悪疫退散、コロナ完全収束への祈願は欠かせません。

 

初詣参拝のお願いについて

○参拝時は、マスク等の着用をお願い申し上げます。

○発熱や咳症状、または体調に不安のある方は、参拝をご遠慮お願い申し上げます。

○受付・拝殿昇殿の際は、手指の消毒・除菌をお願い申し上げます。

○除夜祭や初詣はなるべき密を避け、前後の分散でお願い申し上げます。

○新年の御祈願・ご祈祷をご希望の方は、なるべきお早い目に、ご予約等をお願い申し上げます。

○新型ウイルス感染防止対策にかかわる当社のお願いには、ご協力とご理解をお願い申し上げます。

 


秋・冬祭り・行事予定・お知らせ


除夜祭

12月31日

○令和2年(2020年)は、新型コロナウィルス感染症で日本と世界が未曾有の経験をすることとなりました。その年の締めくくりの日となる12月31日、当社では除夜祭が行われます。

 

○大晦日には、縁起物のおそばを食べて、新しい年を迎える習慣があります。細くて長い形状にあやかり長寿と幸福を願う思いにかなうと信じられてきました。ソバの実は、邪気を払う三角形なので、旧年の災厄を切るなどから、そばが縁起物とされてきたのです。

 

○例年の除夜祭は、初詣をかねた参拝者が多く参られますが、本年は、特に新型コロナウイルスの感染防止の観点からお早目の参拝、分散参拝などをお願い申し上げます。


八幡神社

申し上げ当屋祭りの講

新嘗祭・新穀感謝祭

11月23日


八幡神社摂末社 中川神社

 伯耆町遠藤鎮座

正遷宮 斎行 10月4日


□摂社・末社の秋祭り・日程□

10月 8日 伯耆町小野・小野神社

10月 8日 伯耆町押口・押口神社

10月 9日 伯耆町坂長・賀茂神社

10月11日 伯耆町立岩・生石子神社

10月11日 伯耆町殿河内・岡崎熱田神社

10月12日 伯耆町小町・小町神社
10月13日 伯耆町吉長・日御碕神社

10月21日 南部町鶴田・鶴田神社

10月28日 伯耆町長者原・北峯神社

10月29日 伯耆町遠藤・中川神社


秋祭り 例大祭

9月15日(火)夕方  終了

浦安の舞 奉納

秋祭りは、稲作の終わりに際して神の恩愛に感謝する催しです。春に祈った祭りに対応して、実りの秋を感謝します。当社にとっても、地域共同体にとっても大切なお祭りとして続けられてきました。


夏の祭・行事

米子八幡神社古式   輪くぐり人形流し祭

7月31日(金)夜 終了

本年の夏祭りは、例年の奉賛会のイベントをやめて、新型コロナ退散終息祈願として、全神職が白装束で特別祈祷・お祓いをおこないました。

 

夏祭りにおける祈祷・お祓いの様子です(写真)。


□摂社・末社の夏祭り日程□    終了

・7月08日(水) 伯耆町坂長・賀茂神社祭 麦祭

・7月10日(金) 伯耆町遠藤・中川神社夏祭

・7月11日(土) 伯耆町立岩・生石子神社夏祭

・7月12日(日) 伯耆町吉長・日御碕神社夏祭

・7月14日(火) 伯耆町小野・小野神社夏祭

・7月15日(水) 南部町鶴田・鶴田神社夏祭

・7月15日(水)夜 伯耆町小野・小町神社夏祭

・7月17日(金)夜 末社秋葉夏祭

・7月19日(日) 伯耆町殿河内・岡崎熱田神社夏祭

・7月20日(月) 伯耆町押口・押口神社夏祭

・7月28日(火) 末社荒神夏祭

・7月31日(金) 米子八幡神社古式人形流し輪くぐり祭

・8月31日(土) 末社武内夏祭


水無瀬の大祓い祭

  6月30日(火) 

新型コロナ渦中の世界の現実の中で、この祭事は大変大切なものです。改めて見直されています。

 

大祓の大とは、国家や社会をさし、大祓えは、国民全体の公(おおやけ)の祓えを意味します。祓えとは、自分の知らない間に、心身についた諸々の穢れや罪科(つみとが)、災厄などを取り除くという神事です。穢れとは、「氣枯れ(けがれ)」「氣離れ(けがれ)」のことで、溌溂(はつらつ)とした生命の輝きや霊的な強さを表す「氣」が衰えた状態を、穢れと見たのです。気の穢れは、生命と日常生活の活気を奪うと思われました。

 

公的にはあまり行われなくなったこの大祓えは、水によって心身を清め、罪穢れを洗い流して海のかなたに祓いやる民間の習俗として精神・社会文化としても貴重なものです。

新型コロナウイルス感染症で激変した世界と日本を、この麗しいい郷土を清浄にという願いをこめて

この日の祀りごとをご祈念致しましょう。


陽光(桜)


八幡神社創建由緒と遷宮の歴史

伝 養老4(720)年創建

米子八幡神社の創建と歴史については、本頁末尾「創立と由緒」「米子八幡神社の唐櫃」に関する鳥取県公文書館資料と郷土研究資料でも、ご覧いただけます。

映像で知る米子八幡神社

「人々が大山を望む日野川のほとりに、八幡神社はある。いにしえの人々は、山や自然を敬い

畏れてきた・・・・・・」     中海TVの本池美香アナウンサーが内藤和比古宮司と語る






創立と由緒

社伝・古文書によると、八幡神社の創立は養老4(720)年である。研究者や史誌によっても、「創立は少なくとも平安時代後期まで遡る。」といわれている。平安後期とされる神功皇后像などの神像群が発見されていることなどから、当時、このような神像を制作ないし奉納を受ける大社は、それなりの格式と伝統を持っていると推認できることから、奈良時代・養老4年創立とそれ以前の土地の神々への信仰の存在とゆかりは、八幡神社前史として、ほぼ間違いないものと考えられる

天智・天武天皇~聖武天皇の時代持統・元明・元正天皇 (女帝時代)=歴史人2012・11月号

 

米子八幡神社の創立沿革

 

聖徳太子が四天王寺を建立する際に百済から呼び寄せた工匠金剛重光を始祖とする宮大工集団企業・金剛組作成・作図による米子八幡神社の本社殿・拝殿調査報告書(平成23年2月17日)は当社について、2.創立沿革で以下のように記している。

金剛組

 

「社伝に拠れば元正天皇の御宇、養老4年(720)9月の創立にして、その後の後鳥羽院の御宇、源頼朝の再建と伝える。古来より地方の大社として、朝廷や武門武将から信仰は特に厚かった。

 

元弘3年(1333)、後醍醐天皇が船上山に潜行の際は、名和長年一族と共に後醍醐天皇を奉じ,当社神主の巨勢宗國が参加し、忠誠を尽くし綸旨(りんじ)を賜った。(中略) (注)名和長年一族

 

また「江戸時代には、京都吉田神道の組織下でこの地域の総とりまとめとしての役割を担っていた。」


米子八幡神社と唐櫃

八幡様と銘―紀朝臣河岡城守久貞公(ここから見る!)

               歴史探訪解説

                   米子市八幡神社の唐櫃

       鳥取県 公文書館 第62回県史だより(←見る)

 

西伯耆の戦国武将と神社―米子市八幡神社の唐櫃をめぐって―平成235

 

 


アクセス

米子八幡神社

〒689-3535

鳥取県米子市東八幡276

TEL/FAX : 0859-27-0339

  • 自動車・観光バス・JR~JR米子駅より車で約15分、山陰道「日野川東」出口より約5分、JR山陰本線伯耆大山駅から車で約10分
  • 日本交通バス~JR米子駅前バス停にて、水浜・遠藤線に乗車し約40分、バス停:東八幡で下車して、目の前が米子八幡神社
  • 八幡神社は、一級河川である日野川の土手沿いにあり、ここからの大山の眺望は格別。八幡橋(やわたばし)が目安になります。